【昔の年収は?】具志堅用高の家族とヤバい伝説の一戦とは?

ボクシングの元WBA世界ライトフライ級王者の具志堅用高が白井・具志堅スポーツジムを閉鎖することになりました。

ジムの費用をギャラも賄っていたという昔の年収はどれくらいだったのでしょうか?

具志堅用高さんお笑いの方ではなく、元ボクサーでヤバい伝説の試合をしたんです!

ご家族は犬(グスマン)も含めて興味がわきます!

スポンサードリンク

具志堅用高の昔の年収は?


出典:car-moby.jp

具志堅用高さんがボクシング引退までに稼いだファイトマネーは、一説には10億円とも言われます。

これは世界チャンピオンの年収のランキングですが、なんとその中に具志堅用高さんも入っています!

1位: マイク・タイソン
2位:マービン・ハグラー
3位:具志堅用高
4位:リカルド・ロペス・ナバ
5位:フロイド・メイウェザー

プロボクサーの年収は、世界チャンピオンでもテレビ視聴率次第でスポンサーからの賞金額が上下するのは、テレビの露出度が多いか少ないかということで変わります。

最近では亀田興毅が約1億程ですが、その実力を加味して考えるとファイトマネーはあまり妥当ではないのは、海外防衛戦などの戦歴が極端に少ないという理由もあります。

何かで聞いたことがありますが、実力があっても人気がないとお客さんが呼べないのでわざわざお金を払ってまで試合を申込むこともあるそうです。それで勝てば知名度が上がりお客さんが呼べるのでファイトマネーもあがるわけです。

ちなみにマイク・タイソンのヘビー級クラスでは国内、国外試合で共にメディアの注目度が非常に高いため、賞金額も数十億円のケースが多くあります。

この見出しのタイトルに”昔”と付けたのは、具志堅用高さんの時代は、

1ドル=360円の時代(現在は110円ぐらい)

ですから1回のファイトマネーが最初は300万、2回めからは1,000万円、そして1,500万円と上がっていき、最終的に昭和55年の6,000万円と、3年間戦って世界戦でチャンピオンになるとこれだけ賞金が上がるようになりました。

具志堅用高さんの最高月収はファイトマネーやCMで約7000万円だったそうです!

具志堅用高はジムの費用をギャラも賄っていた?


出典:yamachann.com

ボクサーという職業柄、拳で戦う体を張ったスポーツで、ボクシング一筋でひとときに大金が入ることで身を持ち崩したり、またチャンピオンになると大金が一気に手に入るため、人にだまされて大金を失い、身も心もボロボロになる悲惨な末路を迎えることもあります。

実は具志堅用高もこの例にあるように、人に騙されて大金を失ったこともあるようです。

でも結婚されていた奥さんもいたおかげもあり、引退後はボクシング解説者として着実にスタートしまし、日本人初の世界王者白井義男と共同で「白井・具志堅スポーツジム」を開設し、後輩の育成に努めていました。

残念なことに、7月末でジムを閉鎖すると公式ホームページで発表しました。

「気力・体力ともにこれまでのように情熱を持って選手の指導にあたるのが難しい年齢になった」とした上で「ここが潮時と決断いたしました」

と閉鎖理由を説明しました。

このジムを開設した頃から芸能界で北野武や片岡鶴太郎と知り合い、太田プロダクションに所属することになりタレント活動を始めます。

そしてフジテレビ「クイズ!ヘキサゴンⅡ」に出演した時のその天然で天才的ボケに一躍注目が集まり、バラエティやクイズ番組には欠かせないタレントとなりました。

その時の回答の一例は、

「さあ、具志堅さんラッキーチャンスです。1〜9までの番号の中から好きな数字をお選びください!」

という問いかけに、

「う〜んと。じゃあ、ラッキーセブンの5!」

と答えたようです。

同じ元プロボクサーのガッツ石松さんも(別のテレビ番組ですが)、

「太陽はどちらから昇りますか?」

の問題に、

「右!」

と答えた話も有名です。

具志堅用高さんはタレントになってからも、大家族でゆったり暮らせるだけの年収は、しっかり稼いでいるものと思われます。

比嘉大吾選手世界チャンピオンになった時にその安堵感からか、

「今まではそういうことを言ってこなかったんだけど」

と前置きした上で、タレント活動のギャラの多くをジム運営に費やしてきたことも告白しました。

選手に余計なプレッシャーを与えないための優しさだったのでしょうね!

スポンサードリンク

具志堅用高の家族は?


出典:ryukyushimpo.jp

●具志堅⽤⾼さんの妻の名前は⾹澄さんで、具志堅⽤⾼さんが23歳のときに友達の紹介で出会ったのだそうですが、具志堅⽤⾼さんにボクシングに専念して欲しかった協栄ジム側にばれないように、当初は隠れて交際を続けていたそうです。

現役時代は結婚は認められることはなく、最後の防衛戦に敗れて引退した後に結婚します。

●具志堅⽤⾼さんの⻑男は⽤輔さんといいまして、現在は東京・代々⽊上原のカフェ「ファイヤーキングカフェ」で働いていて、⽤輔さん⽬当てで店に通うファンもいるイケメンのカリスマ店員です!

具志堅⽤輔さんは「かおり」さんという⼥性と結婚していて、娘が3⼈でそのうち上の2⼈は
双⼦なのだそうです。

●具志堅用高さんの長女は⿇⾐さんといいまして、⽇本航空の元CAなのだったそうですが、現在は⽇本航空を退社し「⽩井・具志堅スポーツジム」の経営を⼿伝いながら、幼稚園で英語も教えているのだそうです。

具志堅麻衣さんは結婚されていて、旦那さんは航空整備⼠だということなので職場恋愛からの結婚だったのでしょうね。

娘さんが1⼈いて名前を栞菜(かんな)ちゃんというそうです。

●具志堅⽤⾼さんにはもう1⼈(1匹)の家族がいまが、それは愛⽝・グスマンです。

グスマンは真っ⽩なボクサー⽝で、名前は世界初挑戦でベルトを奪取した相⼿のファン・ホセ・グスマン選⼿にちなむもので、

「顔が似ているのもあるけど、彼のように『最強』になってほしいと思ったから。今ではグスマンが、ぼくの『最強』のパートナーさ」

と言っています。

このグスマンはテレビ番組で、

・主人がドミノを並べている部屋で、邪魔をしないでいられるか?

・主人が誘拐(番組内で)されたときに、すぐに追いかけるか?

・ペットとお風呂に入る

など、色々な番組で共演しています。

具志堅用高のヤバい伝説の一戦とは?


出典:middle-edge.jp

その伝説の一戦は、1976年(昭51)10月10日、ホワン・グスマンに7回KO勝ち試合で、それが伝説のはじまりだった。

「100年に一人の天才」のふれ込みで初の世界戦に臨んだ具志堅に対し、グスマンは“リトル・フォアマン”の異名を持つ21勝(18KO)1敗11試合が1回KO勝ちという強打者で、試合前は絶対不利が予想されていたが、それを見事に覆した具志堅用高は故郷の石垣島など八重山列島に棲息する国の特別天然記念物になぞらえてこう話した。

「ワンヤ、カンムリワシニナイン(自分はカンムリワシになりたい)」

自分が倒した選手なのに、彼のように最強になって欲しいという願いから愛犬に名前を付けたのですから、ライバルと認めていたんですね!

おわりに

【昔の年収は?】具志堅用高の家族とヤバい伝説の一戦とは?と題して記事を書きました。

バラエティー番組で観ることが多いのでお笑いの方かと思いましたが、実は最強のプロボクサーだったんですね!

今回のジムの閉鎖のことは残念ですが、

 所属選手の移籍先は責任を持って見つける

とコメントしています。

強さと優しさを兼ね備えた素晴らしい人ですね!

スポンサードリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする