川上昭美の生い立ち経歴は?つつじの園を再生した理由は?(人生の楽園)

人生の楽園に高知県四万十町のフジツツジが自生する裏山を、見事な“つつじ山”に整備した川上昭美さんと、夫の親さんの話が再放送されます。

川上昭美さんの生い立ち経歴は?夫のクリーニング店を任せ、なぜつつじの園を再生したのか?

フジツツジに囲まれた生活はどんなものなのでしょうか?

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川上昭美の生い立ち経歴は?


出典:tv-asahi.co.jp

山のふもとの農家に生まれ育った川上昭美さんの両親は裏山で、しいたけやさつま芋、栗などを栽培していました。

父、母、姉、昭美さんの4人家族だったようです。

そして昭美さんが22歳の時、町でクリーニング店を営む親(ちかし)さんと結婚して、その店の二階に暮らし、夫婦で忙しく商売を切り盛りしながら、2人の女の子を育てました。

山で暮らしていた人が町での生活に変わると、環境や中には体調の変化などでそこでの生活が難しい人もいるでしょう。

昭美さんは問題なかったのは、山での生活で培ったたくましい心だったのかもしれません。

つつじの園を再生した理由は?


出典:kochinews.co.jp

川上さんご夫婦は、昭美さんの実家で両親と暮らすことになりますが、16年前に昭美さんの父である哲夫さんが亡くなりました。哲夫さんは世話好きで、通りかかった旅人に声をかけてはもてなすのが大好きで、大切にしていたのが裏山に自生していた「つつじ」でした。

しかし、哲夫さんが亡くなり手入れする人がいなくなった裏山はどんどん荒れていきました。

そこで14年前、昭美さんと母・節子さん、そして姉の菊美さんが

「このままにはしておけん!」

と山の手入れを始めましたが菊美さんは仕事が忙しくなり、節子さんは足腰が弱り、とうとう残った昭美さんが一人で手入れを続けることになりました。

生い茂る木をコツコツと伐採し、雑草を刈り、徐々につつじを増やして、長い年月をかけやっと山を見事な「つつじの園」にしました。

毎年4月になると遠くからでも分かるほど明るいピンクの“つつじ色”に染まる裏山は、そのうち

「つつじを近くで見たい」

と人が訪れるようになり昭美さんは自ら山を案内し、もてなすことも始めました。

亡き父から譲り受けた「つつじの山」「つつじの園」として整備し続ける昭美さんはつつじを通して、沢山の人々とつながりを持つようになりました。

おそらく父親の哲夫さんから引き継いだときより、より一層ツツジが生い茂った裏山になっていると思います!

そしてかつて旅人をもてなしていた哲夫さんと、今現在お客さんをもてなす昭美さんが「そっくりだ」という話もでてくるそうです。

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フジツツジに囲まれた生活とは?


出典:tv-asahi.co.jp

川上昭美さんが整備した山には、つつじのほかにもさまざまな宝物があり、旬の季節には山の幸・ワラビ。地面を見ると、そこかしこに面白いように生えています。そんなワラビを見つけると、急斜面でも、身軽にひょいひょいと登っていく昭美さんは、

「すべっても、ワラビだけは離さない」

んだそうです!ことわざでも、

「溺れるものはワラビをも掴む」といいますからね!(※昭美さんのことわざ?)

フジツツジは新種だった!


出典:tv-asahi.co.jp

昭美さんが手入れをしているフジツツジは、藤の花に近い淡い赤紫色で、一般的なツツジに比べ、葉が小さく花が小ぶりであることが特徴です。

メン(雌)ツツジとも呼ばれるフジツツジと、赤色のオン(雄)ツツジの夫婦花”のそろい踏みも見られます。

フジツツジは100年以上前に植物学者が高知県で発見され、新種として発表された学名は、

「Rhododendron tosaense Makino」

この「tosaense」は“土佐の”という意味を持つ地元由来のツツジなんです!

このフジツツジが昭美さんの山で毎年埋め尽くされているんですね。個人の裏山が観光地になっているのは素敵ですね!

おわりに

川上昭美の生い立ち経歴は?つつじの園を再生した理由は?と題して記事を書きました。

四万十川を望む高岡郡四万十町十川の鍋谷地区の国道381号の対岸の十川大橋を渡った先にある川上昭美さん宅の裏山の一部が花園で「つつじの山」と彫られたクスノキの看板が“入山口”です。

「亡父の山を再生しよう」と手入れを始めて今は山菜や四季折々の花々が楽しめる名所になっています。
再放送と現在の状況が番組で紹介されます。テレビの画面からでも十分見応えありそですね!

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