松山バレエ団の森下洋子さん。デビューから69年が経つが、年齢的にいつまで現役を続けるのか?
不器用だったが、「やっていれば必ずできる。69年間、1日も練習を休んだことはない」と名言。
なんと、小2で一人で広島と東京を往復していたのです!
不器用だった少女が、世界の森下といわれるまでにどんな苦労があったのか?
東洋の真珠と謳われたその舞いに、イギリスのエリザベス女王やモナコのグレース公妃も絶賛したというその理由は?
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小2で広島⇔東京を往復!
7歳のときに広島市立江波小学校に入学し、広島市公会堂で行われた橘バレエ学校の生徒による舞台をみてぜひあの教室で学びたいと両親に懇願します。
両親は、冬休みの数日間だけという条件で上京したのですが、結局小学1年生の3学期すべてを東京でレッスンを受けることになりました。
ところが、2年生になっても夏休みや冬休みの長い休みを利用してレッスンを受けるため東京に一人上京します。
●当時時間にして広島から東京までは、
・特急でも15時間以上
・急行列車では20時間以上
●料金は、東京⇔大阪だけで特急料金は最低でも1,470円かかっていました。
この当時大卒の公務員の初任給が7,650円という時代です。
さすがに親までついていける金額ではなく、小学生2年生一人での上京となりました。
さらに自宅に電話などまだない時代でしたから、東京から「ヨウコブジツイタ」の電報を受けとるまでご両親はどれだけ心配したのか想像できません。
大学受検で初めて電車に乗った僕は、試験後に言われた言葉が、「無事に着いたかい?」でした。
試験がどれだけできたのかより、着いたことに一安心だったようです。
森下さんは、その後小学6年生で本格的に上京し橘秋子宅で住み込みでレッスンを受けるようになりました。
そのころ少女漫画ではとりわけバレエものがよく題材として使われたこともあり、少女向けの雑誌のグラビアページを飾り日本全国の少女たちのあこがれの存在となっていきました。
ルックス、実力を兼ね備えた少女だったのでしょう!
住み込みでレッスンを受けられるぐらいですからね!
この雑誌をみて、バレエをやりたいと思うようになったのは間違いないですね。
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森下洋子の名言集
森下さんは毎日、二時間の基本レッスンをやっています。
これは舞台を支えている大事なレッスンの名言です。
●一日基本レッスンを怠ると、自分の体が不調になるのがわかります。
●二日怠ると、パートナーにわかります。
●三日怠ると多くの人にわかります
つまり、バレエは一日稽古を休めば自分でわかり、二日休めば仲間にわかり、三日休めばお客様に悟られてしまう世界だということです。
プロフィール
本名:森下洋子(モリシタヨウコ)
生年月日:1948年12月7日
出身地:広島市
受賞歴:ローレンス・オリヴィエ賞 新作ダンス・プロダクション部門 最優秀個人パフォーマンス賞
夫は松山バレエ団総代表の清水哲太郎さん。
父は著名なフィールドホッケー選手で、広島県ホッケー協会会長を務めた森下準さん。
祖母・母ともに広島市への原子爆弾投下での被爆者で、森下自身は被爆2世となる。
2人姉妹で、6歳下の妹がいます。
経歴がスゴイ!
森下さんは3歳でバレエを始めました。
きっかけは、生まれつき体が弱く何か運動をしたほうがよいとかかりつけの医師から勧められてたことです。
もともと器用ではなかった森下さんは教室で出来ないことを家で繰り返し練習することで自分のものにしていきました。
・1985年:第1回服部智恵子賞受賞、日本芸術院賞を洋舞として初受賞。パリ・オペラ座で『るみ割り人形』全幕に主演、またヌレエフと共演した『ジゼル』の演技で、英国ローレンス・オリヴィエ賞を日本人で初受賞。
・1997年:女性最年少の文化功労者として表彰。
・2001年:松山バレエ団団長を務め、2002年:日本芸術院会員。
・2014年:ヴァルナ国際50週年記念として、夫の清水哲太郎が振り付けた「鳥の歌」、翌年「眠れる森の美女」全幕公演。
・2019年、中国で「ジゼル」を公演。
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年齢的にいつまで現役?
現役最高齢は?
『瀕死の白鳥』の踊り手として有名で、20世紀最高のバレリーナと称されたマイヤ・プリセツカヤさんは、65歳でボリショイ劇場のソリストから引退しました。
70歳の誕生日には、ベジャールの振り付けによる「アヴェ・マイヤ」を初演しました。
その時、世界最高齢のダンサーか?!と言われていたので、今年72歳になられる洋子さんが世界最高齢の可能性は高いですよね!…と思いましたが、実は世界にはもっと上がいました。
世界最高齢のバレエダンサーは、バーバラ・ピーターズさんで、なんと御年80歳です!
ただし、彼女は舞台に立ち続けているプロバレエダンサーではなく、バレエスクールをオープンして教えていたそうです。
ということは、まだ舞台に立っているバレエダンサーというくくりで見れば、洋子さんが最高齢かもしれません。
おわりに
洋子さんのお母様は、洋子さんを東京に行かせるときに「あなたはバレエの神様にあげた子だと思わなきゃ」とおっしゃったそうです。
そしてその言葉通り、洋子さんはご結婚後も、年齢を重ねられても、毎日をバレエとともに生きていらっしゃいます。
森下洋子さんの名言で、
「いつか必ずトゥシューズを脱ぐ時が来る。それは身体が教えてくれる。だから私はそれまでは踊り続ける」
という、言葉があります。
お体を大事に満足いくまで踊り続けていただければと思います。
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